雷堂の私室に、ライドウはいた。
 向かい合って座り、互いに一つのことに集中している。
「アララ~若い子が二人で何してるの?」
 パールヴァティが、にゅっと部屋に入ると雷堂が慌てて手を後ろに隠す。
「あっちに行ってろ」
「何やの。すけべな子やなぁ」
「違う! 断じて違うぞ! 我はただ・・・・・・!」
「管掃除をしていただけです」
 エプロンを着たライドウが、しれっと明かす。
「ライドウちゃんは素直やね~」
「貴様!」
「そんなに掃除が恥ずかしいですか?」
 雷堂の方を見向きもしないでライドウは掃除に勤しむ。
 雷堂は、管とライドウを忙しく目で追いながら、やはり掃除に励む。
「そうではない!」
「割烹着、似合ってるのになぁ。照れてるんか?」
「違う! 我は我は」
「可愛いですよ、雷堂ちゃん」
 場が凍り付く。その時、

―――ライ様。

 高い声が響く中、小さく細い声が混じったような気がした。

 しかし、声のした方向には誰もいない。

 すっと立ち上がり、ライドウは刀一つで歩き出す。
「貴様、話はまだ・・・・・・!」
「雷堂ちゃ~ん、おばちゃんと遊んでぇ」
「ぐぉっ!?」
 後ろから抱きつかれた雷堂は、首に巻き付いた細腕に泡を吹く。
「ついでに僕の残りの管も掃除しておいて下さい」
 一気に封印を解かれたライドウの仲魔が、雷堂の真上に召喚される。
「お~の~れ~」
 恨み節の主は、大小よりどりみどりの悪魔に懐かれ押しつぶされている。
 最後の仕上げに、エプロンがはらりと視界を奪う。

「ほな、ライドウちゃん行こうか」
 パールヴァティは、ちゃっかりライドウの傍らに避難し、ひらひらと主に手を振った。


 扉を閉めたところで、ライドウは眼を細める。
「・・・・・・犯人はお前か」
 鋭い視線を向けると、パールヴァティは口先だけで笑った。

「さぁ? どうやろう?」








 わななく唇は、何かを紡げたのか。
 宙に片膝をついている自分は、後どのくらい存在できるのか。
 茫漠とした意識の中、リャナンシーは幻聴を聞いていた。
 二人の召喚師と、悪魔達のにぎやかな声を。
 その中に自分はいなかったけれど。
 ・・・・・・そして、また、声が聞こる。



「昔なぁ鳥籠をもらったんや」
 その悪魔は、当時に戻ったかのように無邪気に笑ったようだった。
「宝石を散りばめた金細工の鳥籠でなぁ。中には、異国の珍しい鳥がいてたんよ」
「・・・・・・それで?」
 冷ややかな声がそれに応じ、リャナンシーは違和感を覚える。
「おばちゃんもう一回見たくなってなぁ。自分で作ってみたんよ」
 かつん、と響いた靴音にリャナンシーはゆっくり瞼を開ける。

「どうや。なかなかの出来やろ? ライドウちゃん」

 そこに、現実が待っていた。






「ライ、様」
「リャナンシー!」
 走り寄ったライドウは、金の輝きにはじき飛ばされた。
「ライ様!」
「アララ~。ライドウちゃんは、おっちょこちょいやなぁ」
 顔のヴェールを柔らかに払い、パールヴァティは微笑んだ。
「云うたやろ? 鳥籠作ったって」
「・・・・・・」
 むくりと起き上がったライドウは、悪魔の作品を睨んだ。
 
 金細工を模したという鳥籠の正体は、パールヴァティの織り上げた雷の牢獄。
 細かに編まれた雷電は、拒絶の雲や悪意の雨を引き寄せ、荘厳だが残酷な力を秘めている。
 そこに閉じこめられているのは、ライドウの使い魔。
 鳥籠に閉じこめられた、飛べない鳥。

「わざわざ異界にこんなものを・・・・・・」
「雷堂ちゃんには迷惑かけてへんで?」
「僕はいいのか」
「誤解やわぁ。ライドウちゃんも雷堂ちゃんも大切よ? でもなぁおばちゃん、雷堂ちゃんの仲魔やから雷堂ちゃんの悲しむところ見たくないんよ」
 微笑みはそのままに、パールヴァティの纏う空気が冷却される。
「ライドウちゃん・・・・・・気づいてるやろ。ライドウちゃんにもしものことがあれば、雷堂ちゃんも只では済まされんし、只で済ますような十四代目雷堂でもあらへん。それやのに、今ライドウちゃんに何かあったら・・・・・・」
 ちらりと鳥籠を見て、悪魔は続ける。
「おばちゃんはライドウちゃんのことが好きや。ライドウちゃんが可愛がってる仲魔とも仲良うしたいと思ってる。でも、雷堂ちゃんを泣かせるような子等やったら、おばちゃん容赦せん」

「この檻壊したかったら、力ずくでやってもらおか」
 あぁ、でも管は置いてきたんやね、と囁きが絶望を招く。
「ライ様、逃げておくれやす!」
「あんたには仕事があるやろ」
 腕を一振り。リャナンシーは鳥籠から放たれた雷光に打ち据えられる。
「この通り、この仔は放って置いても弱っていく」
 リャナンシーの手から、銀の輪が覗く。

 ライドウは刀を抜く。
「薄々気づいてるやろ、十四代目」
 パールヴァティには目もくれず突進するライドウに、女神は飛来し、
「最近、あんたの命を狙ってる輩が増えた」
逆さまになって覗き込む。
「しかも、ごくごく身近に」
 ライドウの代弁者とでもいうように、悪魔の言葉は止むところを知らない。
「これは裏切りじゃないか? それとも何か故あってのことか。・・・・・・限界が近い」
「・・・・・・」

「裏切り者は籠の中。いっそここで引導を渡すのもいいかもしれない。代わりはいくらでもいる」
ライドウの投げた符は、炭となる。

「どうや、ライドウちゃん。おばちゃんに任せてくれたら、この仔を『おしおき』しとくよ?」
 罪悪感を責任転嫁させる甘言。
「ライドウ、ちゃん」
 ふわりと後ろから少年を包み込む。





「パールヴァティ」
「なんや。ライドウちゃ・・・・・・っ!?」
 声にならぬ悲鳴。
 パールヴァティは一瞬にして四肢を拘束された。
 マグネタイトの奔流がライドウから溢れ、悪魔に絡みついたのだ。
「管は持っていなかったのに・・・・・・!」
「そうだな」
 淡く光るライドウの指が額のビンディーを、とん、と突く。
 ただそれだけでデビルサマナーは、空間ごと全てを支配した。
 皮肉なことに、それはリャナンシーの罠で得た、新たな力。
 

 圧倒的な力を持って、葛葉ライドウは傲然と悪魔を見据えた。
「本来の主に成り代わり、命ずる。パールヴァティよ・・・・・・」

―――『我』に従え

 言霊に縛られ、悪魔は膝を折る。
「その身に雷を受けよ」
「は、い」
 パールヴァティは、自ら檻と重なった。
 相殺された部分は燐光を放ち、悪魔を象る入り口となる。
 だが、その美しさにライドウは幻惑されることはない。
 雷の影響を受けないところから、中へ手を伸ばし、握り返す感触を待った。



 満足して微笑んだライドウは、崩れ落ちる仲魔の身体を支え、翡翠の光で癒す。
 安らかな美女の横顔を確認し、先に現世へと還す。

 その瞬間、轟音が世界を揺さぶった。

 金の檻が、創作者の手により破壊されたのだ。
 自身の雷を受け、息を荒くする者に、ライドウは駆け寄った。




「見事や。ライドウちゃん」
 女神の傷を癒し、十四代目は契約を終わらせた。
 弱々しく視線を向けるパールヴァティに、ライドウは唇をやや尖らせる。
 さっきの剣呑さが嘘のような少年らしさだ。
「僕を煽ったな」
「そうか?」
「挑発までして」
「惚れたかいな」
「・・・・・・代わりはいくらでもいるとか、二度と云うな」
「・・・・・・」
 強く、しかし哀しみを混ぜて囁く。
「僕を他のサマナーと一緒くたにするな」
「はい・・・・・・」
 
「後・・・・・・辛い役目をさせてすまない」
 軽く頭を下げるライドウに、パールヴァティは目を見開き、泣き笑いのような表情になった。
「その言葉だけで・・・・・・」
 ライドウの唇を柔らかな感触が掠める。
「若い子は礼儀知らずのところもあるけど、見捨てることはできんからね」
 
 その言葉にどれだけの想いと過去を秘めているのか、ライドウはわからない。
 召喚師と仲魔の悲哀を、厭というほど知っている女神。
 ライドウを見つめる先は、あまりにも混沌として・・・・・・慈愛に満ちている。
「ワタシは旦那の次に、十四代目達が好きや」

 それは、ライドウには持ち得ない母の感覚かもしれなかった。


 
 ライドウは、パールヴァティすら蕩かす微笑みを浮かべた。

「僕らは、お前達を愛しているよ」



 




後編へ


 
 今回はパールヴァティ祭でした★ もうこの方、こちらが注意しておかないと事件を解決まで持って行こうとするので苦労しました。それは云っちゃだめだ・・・・・・! と何度思ったことか(笑)つーかリャナンシー! ヒロインの座を奪われてますよ!?

 ライ様の「我」発言は、我ながら楽しかったですv でも、雷様じゃないと似合わないのね~とニヤニヤしました! もしこれがギャグだったら、ライ様は雷様の前で「我」発言をしてニヤニヤしたことでしょう・・・・・・! それもいいな!
 とりあえずライドウはエプロン、雷堂は割烹着を固定でv

 話は変わりますが、男性にも母性、女性にも父性はあるらしいですね。

 ゴウトにゃんも両方を兼ね備えていると思います!(SSで出せない分、ここで出す)ゴウトが人間の身体だったら、パールヴァティさんは出ていなかったかもしれません(そこまで!)
 

 リャナンシーを還した後のパールヴァティさんを知りたい方は、スクロールしてみて下さい。後書きと本文の間が異様に空いているのはそのせいです。蛇足ですから、お好みで★
 
この一件が終わった後、雷様はぶうたれて、それをパールヴァティが宥める&ちょい誘惑したらいいな・・・・・・。色んな意味で怖い駆け引きだ! でも「旦那(シヴァ神)が一番好き」なパールヴァティです(笑)


 後編を先に書いたので、次の更新は早いと思われます。
 さぁリャナンシーちゃん、いい思いをするがいい★

                                          2006.6.27